自分史上最も濃い夏休み

今年の夏休みは自分史上一番濃かった気がします。振り返ると、自分の複数のアイデンテ
ィティを改めて認識し、これらとどうつきあっていくかを模索した日々でもありました。
簡単に振り返っておきます。

7月31日~8月4日 夏学期を終えて国際学会へ  教員+なんちゃって研究者なあたくし
アメリカの大学では5月後半~7月末までの夏学期が一年中で一番タフです。通常14週完結
の授業コンテンツの内容、課題の量を変えずに、8週という短い時間で濃く教えなければ
ならないためです(つまり一回の授業時間が3時間等になり、1日で見る課題の量も春・
秋学期の倍になります)

8月1日からのバンクーバーでの学会に行く用意をする時間もほぼ細切れにしかとれなかっ
たので、出発前日にようやく学生さんとの学期末個人面談を終え、成績を出した後は徹夜
で旅の準備を行いました。発表する内容もまだしっかり固まっておらず、飛行機のなかで
発表プランを練る始末でした。

学会では、去年書いた博論の内容の一部を発表したのですが、準備不足の割には反応はよ
かったと思いましたし、ぜひメジャーなジャーナルで発表に基づいた論文を書きなさい、
と勧めてくださった方も。でも、今後このテーマを発展させるか、というとまた考えちゃ
いましたね。今後はフリーランス・起業家として実業もできる教員になりたいので…。
あんまり周りにそういう人いませんけど…。将来は翻訳関係や理系教育(あるいは文理融
合教育?)の学会でアウトプットするという方向性もあるかしら。

なお、学会中は自分の発表日以外はホテルでのんびりしたり旅行したりできるかなと思い
きや、職場から連絡があって、次の学期のシラバスを会期中に出さなきゃいけないことが
発覚。なので発表が終わったらシラバス(英語12ページシングルスペースびっしり)を執
筆してましたので、ちょっともったいなかったですね。バンクーバーはとても素敵なとこ
ろでしたので、プライベートで再訪したいです。

8月4日~9日 家族との時間   姉+叔母なあたくし
LAに住む弟宅に滞在し、ここではさすがに小休止させていただきました。現地でミュージ
シャンをしている弟や義妹と久しぶりにゆっくり話をし、その3歳の娘(姪)とも(久しぶ
りに会ったので慣れてもらえるまで時間がかかりましたが)じっくり遊ぶことができまし
た。

弟が演奏で参加するラグナ・ビーチでのアートフェスティバルを楽しんだり、現代美術館
(MOCA) 
で若手のコンテンポラリーアート作品に触れたり、リトルトーキョーに訪れて
全米日系人博物館で貴重な歴史アーカイブに見入ったり、UCLAにお邪魔したり、弟の先
輩のご好意でハリウッドにてJimmy Kimmel Liveの観覧などをさせていただいたりして、
8年ぶりにゆっくりしました(去年まで博論+仕事の毎日でぜんぜん休めなかったんです
~笑)。

家族にお世話になりつつ、改めてその一員である自分を意識し、しっかりしなきゃいか
んな、と襟を正す時間でもありました。

8月11日~24日 引っ越し  フリーランス予備軍なあたくし
大学に加えて翻訳修行・キャリアをスタートするにあたり、引越しを慣行しました。これ
を機会にいろんなものを断捨離しました。特に蔵書は博論で使った専門書の一部も含めて
300冊ほど売りました。古い本たちとのお別れは今後本格的に翻訳のお仕事を始めるにあ
たり新たな知識とスキルを取り入れるための「空き」をつくる意味もあるのでした。

8月25日~31日 新学期準備と原稿執筆  教員+執筆者なあたくし
引越しを終えて休憩する暇もなく、新学期直前になり、その準備に追われるなか、前々か
ら日本の大学の先生方に頼まれていた書き物の締切もありましたので、夏の終わりは再び
バタバタしてました。原稿の内容は学会で発表したような自分の専門とはあまり関係なか
ったので、なかなか難しかったですが、なんとかA4でダブルスペース英語10ページを書き
終え、翌日ぎりぎり無事に職場での学期始めのミーティングに臨みました。

というわけで、7月末~8月末の期間は、ほぼ1、2週間ごとに、異なる自分と対話を重ね
つつ何かに取り組んでいたことになります。人生というドラマの次の展開に進むために
いったん体感しておくべき総集編のようなものだったのでしょうか。目が回るようでし
たが、でも確実に生きている実感はわき、リフレッシュできました。

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